第1話_旅の6人_4.16 地震の日

 

 2016年4月16日

 九州一円を巨大地震が襲ったその日、僕は地震の中心地、熊本県阿蘇村にいた。

 友達と九州を車で旅行しているときだった。

 その友達は現在住んでいるシェアハウスの住人で、6人のうち2人が外国人だ。

 まず台湾人の女性が2人

 クールビューティーなコウと、いつも自然体でおっとりれずとしたリミ。

 韓国人の元気な男の子、坊主頭で小柄なサル。

 スリルとジョークを愛するひょうきん者の香港人ジョー

 彼だけが日本の運転免許を持っている。

 車で巡る予定の旅行。

 さすがに何日もジョーだけが、慣れない九州を運転するのは心配だ、と。

 日本人のカズと僕がついていくことにした。

 

 カズはこのメンバーと毎晩顔を合わせるほど親しい間柄だ。

 何度か同じメンバーと旅行にも行っている。

 一方僕の方は、ひと月ほど前に高野山での観光にまぜてもらったきりだ。

 そんな僕が急遽九州のメンバーにまぜてもらった理由、

 いくつか理由は思いあったが、はっきりと言葉では言いあらわせない。

 ただまだシェアハウスに引っ越してきて日の浅かった、

 人付き合いが苦手でぎこちない僕をおおらかに受け入れてくれたこのメンバーの

 コウとリミ、サルのビザがあとひと月のうちに切れてしまうことから、

 もうこのメンバーで旅行にいくのなんて最後になるのではないかと。

 素敵な思い出を残す機会が二度となくなるかもしれない、と

 それに昔の仕事で九州に数カ月住んでいた僕は

 みんなの行きたい観光地を、道を案内できると、

 親しくしてもらった恩返しをしたい。

 大好きな九州を友達と一緒に楽しく巡りたい。

 という思いが抑えきれず、当時金欠にも関わらず参加した。

 また当時うまくいかないことがあって、

 このシェアハウスいち楽しい、ひょうきん者の集まるメンバーと一緒にすごして

 気持ちも切りかえたいという思いもあった。

 

 

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 旅行はまず、福岡市でレンタカーを借りるところから始まる。

 それから別府、阿蘇、時間があれば高千穂、熊本、長崎と

 九州北部を時計回りにまわり、最後また福岡市に帰る。

 4泊5日の予定だ。

 しかし仕事などの都合で初日から参加できなかった僕とカズは

 大阪からフェリーに乗り、大分県別府で

 他のメンバーと合流することとなった。

 伝統的な建築物が好きなカズが、

 その日の前日に起きた地震の影響で

 熊本城が立ち入り禁止になったことに

 少しへこんでいた。

 

 慎重な性格のカズは少し心配していたが、

 まさか本当にあれよりも大きな地震が僕らを襲うな思いもよらないことだった。

 

 

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 7時、フェリーが別府港に着くと、すぐに4人が迎えに来てくれた。

 昨日から運転してくれていたジョーには休んでもらい

 僕とカズが変わるがわるハンドルを握ることにした。

 由布院阿蘇へと続く「やまなみハイウェイ」は

 九州屈指のドライビングルートだ。

 背の高い木々はまばらで

 芝やか細い草木で一面覆われたつるんとした山肌の地形が見渡す限り広がっている。

 視界になにもさえぎるもののない景色に、

 以前北海道を旅行したジョー

「まるで北海道みたいやぁ!」

 と手をうって喜んだ。

 地平線こそ見えないが、滑らかな起伏の山並みが

 緑の大地と紺碧の空を緩やかな曲線に裂いている。

 

 

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 やがて僕たち一行は阿蘇外輪山の大観峰へとたどりついた。

 阿蘇の町を眼下数百メートル見渡る丘の上

 霧の発生しやすいこの土地には過去僕は3度たずねたが

 この日のようにスカッと晴れ渡った光景を見れたのは一度しかない。

 眩い太陽の光が濡れた緑の大地に反射し、

 風が吹けば丈の長い草が輝きながら波打つ。

 まさに天上の光景を眺めながら、

 僕は適当な場所へ腰をおろし

 運転とフェリーの硬い床で眠ってためた疲れをのんびりと癒した。

 

 

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 しかしいくら待てど暮らせど

 他のメンバーが出発しようというそぶりすら見せない。

 様子をうかがうと、

 開放感あふれる光景にジャンプしまくる姿を

 撮影しまくるという謎動画の製作に没頭していて

 時間を忘れているようだった。

 

 その日、他にも寄る場所が目白押しで

 あまり一つの場所で時間をかけすぎるわけにはいかないのに

 その前に立ち寄った由布岳でも

 登山者用の貸し出し杖を持ってカンフーポーズを撮り

 納得いくまで何度も写真撮影していたなど

 いろいろなところでスケジュールが延びてしまったから

 ぶっちゃけ大観峰よりも後の高千穂、草千里を楽しみにしていた僕は

 内心イライラが募り不機嫌を振りまきながらも

「こんなに楽しんでいるみんなを

 許せない気持ちになるなんて、

 やっぱ自分にはグループでの旅行なんて

 向いていないんじゃないか・・・。」

 などとひとり落ち込んでいた。

 

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 しかし次の黒川温泉で汗を流しさっぱりするとあきらめの境地に入り

「もう絶対今日はいけなくなったから、

 明日他のメンバーを叩き起こしてでも

 朝早く出発して行こう。」

 と開き直ることにした。

 メンバーで一番若いサルは黒川温泉を気に入り

「韓国帰ってもまたここは絶対来る!」

 と宣言したが、

 なんとそれは一年後に実現されることとなる。

 好きなことに一直線の行動力には、

 いつまでたっても僕たちは関心させられる。

 

 

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 予約していた宿に着いた頃には日がすっかり落ちていた。

 阿蘇の裏手、南阿蘇村の小さな集落にあるそのペンションは、

 丸太づくりのロッジを一棟借りしてひとり2000円以下と激安で、

 この旅を一番楽しみにしていたコウとリミが

 一生懸命探して見つけたところだった。

 さらにそこにはバーベキューの設備がついていて

 利用料は一組1000円ほど。

 よくこんないいとこ見つけたなと、

 僕らは彼女たちのナイスな仕事っぷりをほめたたえた。

 

 

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 飲み、食い、酔っ払い、

 酒のまわった僕らはお互い肩を抱き、

 当時流行っていた「海の声」の歌詞を

 実らなかった恋の相手の名前に変えて歌ったり、

 コウさんがセルフィーで集合写真を何度も撮ろうとするので

「自撮りクイーン」というあだ名をつけてからかい、

 台湾の実家にスカイプをつないで乱痴気パーティーを中継したり、

 焼けた肉の油で火柱が上がるたびに雄叫び、

 ジョーの肩にサルがとびかかり、他のメンバーみんながのしかかって

 人間サンドウィッチを作ったり、

 他の客がいないのをいいことに騒ぎまくった一行に

 若いオーナー夫妻もあきれたことだろう。

 

 この日特に酔いがまわった僕は

「明日、絶対に高千穂よるんだからな!

 朝早く起きなきゃいけないんだよ!」

 と叫ぶと途中抜けし、

 ふらつく足でロッジへとロフトへ寝ころんだ。

 

 

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 ほどなくしてメンバーのみんなも

 パーティを切り上げてロッジに集まった。

 

 せっかく盛り上がってたのに悪いことしちゃったな。と反省したが、

 一階のコタツでUNOをし始めたのを見て、安心してひとりウトウトし始める。

 

 やがてUNOもおひらきとなり

 みんなも布団を敷き出した。

 男たちはコタツをどかして一階にコの字に敷いて

 女子は上のロフトに布団を並べた。

 僕を挟んで川の字に並んだが、

 酔いつぶれて無害と思われたらしい。

 ただ布団との間にはかなりの隙間があけられていた。

 

 状況から考えると

 明かりをおとしたのは日付が変わってしばらくしたころだろう。

 小一時間ほどたち

 酒の熱気とパーティーの興奮が醒め、

 ようやくみんなが寝静まろうとしていた

 その時だった。

 

 

 

ドドドドッドドオドドドッド!!

 

 突き上げられるような揺れに襲われ、思わず跳ね起きた

 

(なんだ?!)

 

 状況を把握しようにも、暗闇と視界の揺れで何も見えない、分からない。

 耳をつんざぐ轟音がそこら中から聞こえる。

 ロッジの部材がきしむ音、地鳴り、そして何かが落ち砕け散る音が聞こえる。

 脳がやっと目覚め、地震という二文字が結ぶ頃には

 一階で寝ていた男子たちが一斉に立ち上がり叫ぶ

 

「みんな、動かないで!」

「危ないぞ!」

 

 道中ふざけてばっかのメンバーだったが、

 ここにきて誰も取り乱すことなく、

 むしろ他の人のことを気にかけていて、正直見直した。

 一方僕はといえば特に何するわけでもなく、

 あぐらをかくと布団をかぶり、

 ただ静かに揺れが収まるのを待つだけだった。

 不思議と不安は感じず、

 むしろ懐かしいという気持ちが沸き起こる。

 なぜか振り返ってみると思い当たるのは

 2011年の東日本大震災のおり、

 昔の仕事の都合で地震が起きて一週間後に

 千葉へ出張することがあり、

 毎日震度4程度の余震、

 電力不足から定期的に電気を止められ、

 停電にも地震にも慣れっこだったからだと思った。

 

 人生何が役にたつかわからないものだなぁなどと

 まだはっきりしない寝起きの頭で考えていると

 急に後ろから肩をつかまれ振り返る。

 

 そこには同じロフトで寝ていたリミがいた。

 暗がりでも表情がこわばっているのがよくわかる。

 突き上げられる揺れが起こるたびに

「あぁぁ」とか細い声を上げながら

 つかむ手にも力が入る。

 

 きっと地震慣れしていないんだろう。

 そういえば幼いころから学校で

 何度も地震避難訓練をさせられる国なんて

 日本ぐらいかもしれない。

 

 どうしたものかと考えたが

 リミには当時遠距離恋愛中の彼氏がいたので

 あまり失礼なことはできないなと思い

 とにかく頭は守ってあげようと

 使っていた枕をクッション代わりに

 頭の上にのせてあげた。

 

 するとリミはその枕を払いのけ

 ロフトのすみに身を寄せていた

 相方のコウさんのもとへと

 這いながら向かった。

 実は台湾も地震対策があり

 建物のすみにいた方が

 倒れた時に助かる確率が高くなるらしい。

 

 そんなことつゆ知らず

 拒否と思ってで少しショックだった僕は

 ぼんやりとした心地で

 ひとりポツンと揺れが収まるのを待っていた。

 

 するとシリアスな状況にも関わらず

 ものすごくトイレに行きたくなって

 揺れが収まるとすぐにペンションを飛び出した。

 このクラスの地震になるときっと断水するだろうから

 まさかトイレを使うわけにはいくまい。

 車を停めたペンションの裏手には雑木林があったから

 そこで用を足そうと思った。

 幸い大きい方ではなかった。

 

 ペンション内はグラスや食器、建具の砕けた破片が散らばり

 男子たちが口々に

 

「みんな、大丈夫!?」

「とりあえず建物から出よう!」

「足元に気をつけて!」

 

 と声をかける。

 みんな、立派だよ…。

 スケジュールにルーズすぎてイライラしてごめんね。

 

 僕は「車で避難するでしょ?。車まわしてくる!」

 ともっともらしいことを言って

 いの一番にロッジを抜け出し

 車をしり目に雑木林に一直線

 酒の飲み過ぎかストレスか

 こんなにたまってたのか…。と思えるほど

 勢いよく長く吐き出すと

 車に残していたペットボトルのお茶の残りで手を洗い、

 車をロッジの横につけて

 みんなが運び出した荷物をつめこんだ。