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第3話_阿蘇からの脱出_4.16地震の日

れまでのあらすじ

 

 旅行中に熊本県阿蘇村で地震にあい

 車で避難するものの

 寒さと鳴りひびくサイレン音で

 眠れぬ夜を過ごした僕たちは

 夜が明けると同時に

 阿蘇脱出に向けて動き出した。

 

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 とりあえずペンションのオーナーにあいさつしようと

 ペンションへ引き返す。

 

 夜中に避難した時には

 暗くて何も見えなかったが

 ペンションへ向かう農道には

 田畑を囲う石垣が崩れ

 人の頭大の岩がゴロゴロとあたりに散らばっている。

 

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 落ち着いた雰囲気だったペンションの受け付けは

 窓辺や机に飾り立てられた置物などが床に散らばり

 一歩足を踏み入れるとガラス片を踏んだのか

 ジャリっと音が鳴る。

 停電か、それとも照明が砕け散ったのか部屋の中は窓から差し込む光だけが頼りだ。

 

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 ほどなくしてオーナー夫妻がやってきた。

 これから大変ですね。と言葉をかけると、

 早々に出発することを伝える。

 

「これからどちらに行かれるんですか?」

「ともかく福岡へ引き返そうかと思います。」

「それなら北のやまなみハイウェイから阿蘇を出るか

 遠回りになるけど、東に出て

 延岡か大分に出て回り込むかになるね。」

 

 西へ向かうルート、阿蘇大橋が崩落してしまったということは

 すでに周知の事実だった。

 

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「途中で役所に立ち寄って、

 どの道が通れるか聞いた方がいいよ

 やっぱいろんなとこで道路が陥没したり、

 山崩れがあったらしいからね。」

  

 ペンションを去ると、早速町役場へ向かおうとカーナビで検索する。

 阿蘇には意外と自治体が多い。

 阿蘇の南側だけでも3つの役場が見つかった。

 その中でも最寄りの役場までは

 車でたった10分だ。

 

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 住宅の立ち並ぶ高台を下り

 町をつなぐ国道へと向けて車を走らせた。

 

 道端を転がる岩やガレキを慎重に避ける。

 こんなところでパンクしても誰も助けてくれやしない。

 スピードを絞ってノロノロと進む。

 

 農道を進んでいくと

 小川を横切る橋にさしかかった。

 

「・・・ダメだ。」

 

 橋の手前には行く手をさえぎるように

 赤いコーンが一列に並んでいた。

 何人かで車を降りて様子をうかがうと

 小さな橋に真ん中からピシッと一閃

 黒ずんだ太いヒビが走り、

 しかも微妙に段差がある。

 国道は橋を渡ったすぐ先だが

 しかたなく引き返し回り道をした。

 到着予定時刻は相変わらず10分後、

 ナビはあてになりそうにない。

 

 国道へ出ると車幅が広がり直線的で走りやすくなった。

 田舎らしくあたりに建物はなく見晴らしが良い。

 町から町につながる主要道であるはずなのに

 すれ違う車はなく、静かだった。

 

「あ、店だ。」

 

 しばらく走ると道のかたわらに

 小さな雑貨屋が見えてきた。

 

「まだ飲み物とか売ってくれるかなぁ?!」

「朝飯食べれるかなぁ?」

 

 わずかな期待を胸に駐車場に車をつけると

 店へと駆け寄った。

 

「ごめんくださ~い…。」

 

 店内は薄暗く人の気配もない。

 シーンと静まりかえっている。

 

「誰かいませんか~…?」

 

「はぁ~い!!」

 

 店からではなく、

 駐車場のわきから返事がかえってきた。

 駆けつけたのは40半ばほどの

 オレンジ色のエプロンをかけた女性だった。

 

「ごめんなさいねぇ~!

 せっかく来てもらったけど、

 今、お店やってないの。

 何も売ってあげれないのよぉ~。」

 

 僕らは何もいえず、

 ただ作り笑いう浮かべながらうなづく。

 

 それも仕方がない。

 店の中は嵐が吹き荒れたように

 棚という棚が倒れ

 商品など何一つとして残ってはいなかったからだ。

 床には何も散らばっていない。

 店員の女性は片手にチリトリを持ち

 駐車場のわきにガレキやらなんやらを集めていたらしい。

 そして店先に停まっていた農業用一輪車には

 店先に停まっていた農作業用一輪車には

 ボトル入り飲料がうず高く積まれていた。

 

 ずっとここで生きていく被災者から

 これから逃げ出す観光者に

 譲れるものなど何もない。

 被災地においては時にお金が役に立たなくなると頭ではわかっていたが、

 改めて思い知らされた。

 

 

 

 水すら手に入らないこの村からは一刻も早く脱出した方がいい。

 ここからは腹の虫との競争である。

 雑貨屋を出て4,5分すると

 目的の役場へとたどり着いた。

 

「うわぁ~~…。」

 

 これまですれ違う車すらめったに見かけなかったのに

 役場では駐車に困るほど

 車と人波でごったがえしていた。

「オレらみたいな観光客が来ていいんかな?」

「でも遠慮してもしかたないしね。」

 

 日本人の僕とカズが話を聞くため役場へと向かった。

 

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 役場の中はセリ場のように騒がしい。

 ここは地域の災害拠点本部となっているらしく

 廊下に何本もの太いコードが這わされ

 外に立ち並ぶテントへと電気を供給し

 受付の隅にはホワイトボードが林立し

 そこには地図などが貼り付けられ

 ところどころ赤文字で各地の情報が書きこまれていた。

 窓口のカウンターには非常物資か

 段ボールが山のように積まれ壁をつくり、

 その隙間から律儀に白シャツを着た職員と

 はっぴや消防服や農作業服に長靴の住人たちやらが

 ケンケンゴウゴウと入り乱れ、さわがしい。

 

 周りを行きかう人間はみな表情が強張り

 視線はわき見することなく

 一直線に早足で通りすぎていく。

 普段は僕たち観光客を温かく親切に迎え入れてくれるのだろうが

 今日という日はまるで僕たちが視界に入らないらしく

 誰も気にとめる人などいない。

 

(…自分たちから声をかけないと。)

 

 怖気づきながらも

 段ボールを抱え歩いていた職員さんを呼び止め

 状況をうかがった。

 

 

 

「どうだった?」

 

 車に残っていた友達らが聞いてきた。

 体をほぐすために車を出ていた何人かも

 すでに戻ってきている。

 

「うん、ちょっとね…」

「わかったような、わからなかったような…?」

 

 僕はメモを広げると

 

「まず北のやまなみハイウェイ

 ここは阿蘇から出ようって人で超渋滞してるらしくて

 しかも通行止めになりそうだって…。

 それに西の熊本に下りる道は、

 もうすでに通れないそうです。

 で、宮崎県方面の高千穂、延岡に下りる道だけど、

 ここは山から山へ渡る橋の多い道なんだけど、

 その谷にかかる橋にどこか悪いところがないか

 阿蘇大橋が崩れたこともあって、念のためチェック中で

 いつ通れるかわからないそうです。」

 

「それじゃあ、もう阿蘇から出られないってことか?!」

「今日もまたここで泊まるの?」

「いや、そうじゃなくって…。」

 

 もう一度メモに目をおとす

 

「特別に道を教えてもらって、

 それがすごく分かりにくいんだけど

 町の人もめったに通らない林道なんだって。

 山道だし、狭いし、分かれ道あるし、グネグネしてるらしいけど、

 地元の人しか知らないから、

 阿蘇から出ようとする観光客はもちろん知らないし、

 まだそこは通行止め情報が入ってきてないから通れるかもしれないって。」

 

「そこで決まりや。はよ行こう!」

 

 みんなの目と表情に明るさが戻った。

 

「でも、まだ通れるかわからないから賭けだよ。

 ほら、道だって、えっと…

 根子岳っていう山の手前の道を右に曲がって、

 県道218、すぐの三差路を左の135、

 そして分かれ道を右、まっすぐ、左で県道41

 それから…。」

 

「あとでいいよ、行こう!」

 

 みんな、さっそうと席に座り直す。

 僕も運転席につくと

 

「まだ正確な情報が伝わってないから、

 これから通りかかる役場でも聞いた方がいいってさ」

 

「ま、じっくり行こうよ」

 

 固くなっているのは自分だけなのだろうか

 そのひと声が僕が勝手に背負った肩の荷を

 軽くしてくれたように感じた。

 

 

 

 次の役場もその次の役場も

 話をうかがっても同じことのくり返しだった。

 北へも東にも出られない。

 もしかしたら山道をぬければ

 大分県に出れるかもしれない。

 ただそれはまだ誰も確かめに行ってないから

 通行止めの情報が聞こえていないだけで

 本当に通れるかどうかは

 実際行ってみないとわからない。

 わからないから、もし無事大分県に出れたら連絡して教えてくれとまで

 言われるしまつだった。

 

「みんな、準備はいい?」

 

 車を出そうとしたところ

 

「コウヘイ、運転変わって。オレ、運転したい!」

 

 と香港人ジョーが声をかけてきた。

 

「道路に何か落ちてて

 危ないかもしれないよ。」

 

 一応みんな止めてみたが

 

「大丈夫やぁ~、

 こんな体験めったにできんから

 やってみたいわぁ!」

 

 と興奮気味に答えるジョー

 

 僕は運転し通しで疲れてたのと

 何事も、やりたい人がやればいい。という考えと

 これから例の分かれ道に入る山道に突入することもあり

 メモとナビとスマホの地図を見比べながら

 落ち着いて道案内できる方がずっといいと思い、

 ジョーに運転席をゆずった。

 

 

 

 ハンドルを握ったジョー

 まるで欲しいおもちゃをもらった子供のような

 キラキラした笑顔で車を走らせていた。

 

 こんな状況でウキウキするなんて不謹慎だなとも思ったが

 僕もこの非日常的な体験と被災地の雰囲気を

 心ひそかに楽しんでいたので、

 むしろ親近感がわいた。

 

 みんなもそこがジョーらしいと思っていて

 メンバーの雰囲気が深刻になることなく

 明るい気分にさせてくれていたので

 とても救われていたように思う。

 

 後日談だがこの後彼は

 この冒険に満ちた旅が終わるのがよほど惜しかったのか

 福岡に着いた後

「まだ車、一日使えるはずヤな?」と言い

 みんなが深夜バスで帰る中

 ひとり九州に残って長崎に向かったが

 途中、滝のような豪雨にあい

 身動きがとれなくなって、すぐ福岡に帰ったという

 珍道中をくりひろげることとなる。

 

 

 

 ジョーに運転を変わってもらい

 ナビと路面ではなく景色をみる余裕ができた僕は

 国道の左手に広がる阿蘇山

 開け放った車窓から半身を乗り出しながら

 無心にただボケっと眺めていた。

 

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 肉食獣の牙のようにギザギザにとがった山脈が

 よく晴れわたった紺碧の空をつき

 すでに高く昇った日の光に照らされ

 鋭い刃のようにギラギラと輝いていた。

 

 車は直線的な道路をなめるように滑り

 武骨な峰々は滑らかに視界の後方へと流れおちていく。

 茶色から緑のグラディエーションの山肌が

 緑の大地へと弧を描いてつながり

 視界の彼方まで緑のじゅうたんを敷き詰めている。

 春の陽気をいっぱいに浴びた緑の大地は

 青臭く官能的な芳香をにわかに放つ

 それは凍える長い冬から目覚めた

 再生する命の香りだった。

 

 人間も、動物だ。

 その本能的に生き物に安らぎを与える香りにふれると

 どうしても夢見心地のように

 意識がトロンとゆるんでしまう。

 

「美しいな…。」

 

 思わずため息のような言葉が口につく。

 

 ここはどこだ?

 極楽浄土か?桃源郷か?エデンの園なのか?シャングリラか?

 夢か、幻か?

 

 ここに住む人々がみんな大変なときに

 自分はこの自然を、この状況を

 心から楽しんでいる。

 その感情を否定する気など、みじんも起きない。

 それとこれとは別なのだ。

 例え今日という日に地震が起きなくても

 自分はここに訪れ

 同じような言葉を口にしただろう。

 

 自然は変わらない。

 100年前から、千年前から、いや、もしかしたら一万年以上前から

 ずっと変わらずそこにあり続けている。

 橋が崩れた、電気が止まったとあわてふためいているのは

 人間だけだ。

 大地はたとえ割れようが、崩れようが、

 あるがままなのである。

 なんというおおらかさ、なんという盤石さ。

 それに比べたら人間の暮らしなんて

 常にあやふやで、もろくて、壊れやすいものなのだろう。

 

 自分たちは目に見えない社会という囲いの中で暮らし

 触れることもできないルールという鎖でつながれ

 実体のないお金というものに寄りかかり、

 地位や名声といったものを追い求め、

 時に一生を左右し、振り回され続けている。

 

 人間の社会なんて

 もろく、崩れやすく、失われやすい。

 大地がほんの一晩激しく震えただけで

 人々は逃げまどい、ところどころで身内を失う悲劇が起こった。

 

 人間とはなんと弱く、はかなく、はかないのだろう。

 まるでいつ崩れるかわからない舞台の上で踊り

 悲劇を演じ続けるこっけいなパペット人形のようだ。

 不安にかられ、もだえ苦しみ、ただ右往左往し騒ぎ立てる

 それはまるで…

 

 

 

 そこまで考がおよぶと、

 突如として僕の思考は言葉をつむぐことをやめた。

 その言葉で、自分自身が傷つかないように。

 

(まるで、オレの人生みたいじゃないか…。)

 

 という言葉を、

 思考の渦の中へ飲みこんだのであった。

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 そうするうちに僕たちはどんどんと進み

 

「うわっ、高圧電線だ!」

「踏んでいいのかな?」

 

 開けた町の交差点に

 どうどうと横たわる高圧電線を踏み越え

 ナビとメモとグーグルマップに頼りながら

 立ち並ぶ木立以外何もない

 見通しの悪いウネウネとくねった山道を越え

 出発からおよそ4時間

 ようやく大分市に接続する豊後街道近くの

 豊後本線滝水駅周辺へとたどり着き

 阿蘇からの脱出に成功したのであった。

 

 

 続く